食べ物はこの先どうなるのか

日本の食品事情には少なからず不安である。特に人口が密集する大都市の食品事情である。私が生まれ育った田舎では海に行けば魚が釣れ、潜ればウニやアワビが手に入り、道を歩けば誰かにやさいをわんさか持たされた。文化的な豊かさな皆無であったにしろ食生活は非常に豊かだった。山に入ればキノコや山菜が採れたし食べるものは皆両親や近所の人々が作った手作りだった。毎年秋口になると市場に積み上げられた白菜や大根を買って大きな樽数個分のつけものを漬けた。やまぶどうを採ってワインを作った。それら皆、本当の味があり独特の臭みがあった。
東京のスーパーで人参を買うが味がしない。あれはもう人参ではない。果物には酸っぱ味が殆どなくまなぬるく甘い。かぶりつくと歯の間に挟まる硬い繊維は今の桃にはもうない。何かしらの品種改良をしているのだろうが、馬や牛のクソから健康に生えた植物の味がまるでしないのだ。蛍光灯で育てた野菜などもすでに出回っている。蛍光灯で育てる植物なんてむかしから大麻ぐらいなものだ。
スーパーに並ぶ加工食品が何かしら本当に私を不安にさせる。「命のかたち」という映画にあるようにあれらの食品はちょっとした不気味さを感じさせる。際立って不安なのはいわゆる食中毒などというものが殆どないことが保証されているという無菌状態の食品だ。無菌の食物は自然の世界では殆ど不可能で何らかの菌を一緒に食すことになる。いわゆるお母さんが作ったおにぎりの味だ。手作りでつけた漬物や自作したお酒はその家庭で味が全く違うものである。そういった味のバラ付きが全くない加工食品というものは非常な不気味さを覚えるものである。またそれは偏った思想によるものかもしれない。高品質という考えかたとその高品質に関する間違った想念だ。あの人工的な味は、人間に例えるなら、完全に外界から遮断された場所で完全にプログラミングされた教育を受けながら理想とする思想を同様に仕込まれ、理想的な同じ体重・身長、それからはみ出るものは間引かれ、顔は高品質を保つために整形し、理想の化粧と理想のお洋服をきた、人口培養娼婦とセックスしているみたいな感覚だ。それらの加工食品を電子レンジで温めた時のあのインスタントな感じがたまらなく人口培養娼婦の体温のようで気持ちがわるい。
おそらくそんなような規律正しいプログラムの中で加工されているのだろう。
私は脇の下の汗の匂いや体臭、強いてはMANK0の匂いが好きである。梅雨時の洗っていない髪の匂いもいい。また川で洗濯した衣服が乾いて太陽の匂いがするのも好きだ。しかし、そういったものは変態であるらしい。理想は、無臭の脇の下と石鹸の匂いのMANK0と、乾燥機と洗剤の匂いのする衣服だ。私はそういうのが気持ちがわるい。石鹸の匂いのMANK0に何かしら疑問がわかないのだろうか。
自然の匂いのする紫蘇の葉に、川で採ったわさびをのせて、ご飯を一緒に食べることがどんなに幸せなことか。都会の正常は異常さを増している。

※ちなみにMANK0の酸っぱい匂いは強酸でもってバイ菌を殺すための酸の匂いだ。石鹸の匂いのMANK0は子供を生むにふさわしくないバイ菌だらけのMANK0であることを覚えておいた方がいい。また、洗いすぎて無菌になったMANK0には外界に抵抗力がなくなった最低なMANK0だ。