基地外日記 2017-11-20

基地外の女性というのは何かしら物悲しいものがあります。基地外の男性はむかーしむかし村上龍氏がエッセイのタイトルにしたように「すべての男は消耗品である」からして、基地外になって死んでしまうぐらいの動物ではあるのですが、女という性が基地外(つまるところ知能の遅れ)を伴っているのは何かしら本来的ではないと直感的に思うのです。にもかかわらず基地外の女性というのはこの世界に必ず存在するのです。
昨日の基地外女は一週間の基地外ぶりを経て、何故か非常に汗臭い(生臭い)臭いがしました。本人は何も感じてしないのかもしれません。基地外ぶりが極端に高揚している場合本人の理性は皆無なので本人自体気がついていないのでしょう。またこれが基地外であるという確信は、彼女は普段から臭いに異常に固執しているからです。いわゆる臭いという事物に対して極端にヒステリックであり、タバコを吸う人間はみんな死んでしまっていいとも言っておりました。その彼女がめっぽう汗臭く、お年頃の女性とは思えない不潔な臭いがするのです。
これは彼女が基地外ゾーンにハマっている際によく起こることで、おそらく彼女も統合失調症的な傾向がかなり強いのだと思います。
彼女は一日中誰とも喋りません。一言もです。また彼女に話しかける人間も極端に少ないのです。彼女から話し相手を求めることはありません。彼女はいわゆる個人と他人の境界が完全にずれている時期なので他人と自分の境目が曖昧になっているわけですから、ずっと独り言を一日中ブツブツといっています。たぶんこれが彼女の会話であるのだと思います。
ただ基地外の傾向として「貧困と精神病」がかなり強く結びついているのは事実です。では濃い精神病から薄い精神病まですべてをひっくるめて何が問題なのかといえば、かの河合隼雄氏は「適応障害」というふうに位置づけておりました。外部の環境に適応できないことで苦しいということです。そういう意味では彼女は非常に苦しんでいると言えます。

断片的な忘却

基地外女は何かしらの基地外行動を自分自身できちんと把握しているようです。少なくとも私に話す際にはそれらの基地外行動の一部始終をすべて記憶していて自らの基地外ぶりを自問できているようです。しかしそれは概ねです。断片的に完全に忘却しています。それは一つの映画のいくつかの場面をカットしてつなぎ合わせたような違和感がありますが、本人としては忘却しているのでそれが至極自然に見えてるというわけです。これが統合失調症が若年性痴呆と混同される部分なのだと思います。
特に1対1で会話をしている場面では危険です。記憶の改ざんが容易になり、対する他者が基地外であるか、または嘘をついているかという文脈にもってゆくのが大変上手だというのも基地外の特徴です。
基地外とはできるだけ3人以上で会話をすることが大切ですが、基地外は概して3人以上で会話をすることができません。それ故に基地外であるというわけです。なぜ3人以上で会話をしないのかといえば基地外がバレてしまうからだと思います。

執拗

基地外の特徴的な努力の払い方に執拗というのがあります。